審美性と機能性に最大限配慮した
高坂デンタルオフィスの歯科治療例を紹介します。
患者さんは40代男性です。初診時、前歯の形が左右アンバランスだということでお悩みでした。時が経つにつれ少しずつ顕著になっている気がするとのことです。
中央の古い詰め物は劣化変色し、裏側では二次カリエス(再発した虫歯)が発生していました。しかし何よりも悩ましいことは前歯4本の先端のラインが水平で、しかも左右で高さが違います。明らかに歯軋りによる擦り減った跡が見られます。患者さんの仰る通り、今まで少しずつ歯は擦り減りつづけてきたのでしょう。時間と共に今後も形を変えていくことは間違いないはずです。治療の選択肢として…
これらを検討することにいたしました。
まず、セラミックスによる修復(2と3)は安心できるのか?もちろん不可能ではありませんが、歯軋りにより短期間で欠けてしまう可能性があることは無視できません。あとあとセラミックスを選んだことを後悔したとしても、削られたエナメル質は元に戻りません。超硬質セラミックス(ジルコニアなど)を利用すれば、簡単には壊れないかもしれませんが、その代わりに下の前歯の擦り減りが加速してゆくでしょう。人工物を守るために、天然のエナメル質(ご自分の歯)が犠牲になるともいえます。
では、保険のコンポジットレジン(CR)修復はどうでしょう。もちろん歯軋りの影響を受けることに変わりありませんが、もしも何かあっても経済的な損失はわずかです。治療によるエナメル質の被害も最小です。擦り減りやすいことがCRの欠点ですが、だからこそ守られるものもあるのです。
総合的に判断した結果、欠ける可能性があることを気にしながら高価なセラミックス治療をするよりも、まずは費用をかけずに保険のコンポジットレジン(CR)修復で様子を見ましょうと提案いたしました。やがて歯軋りの影響が現れるかもしれませんが、その時はその時どうするか考えます。削る治療は焦って決めない事が大切です。
古い詰め物を除去すると、修復は比較的広い範囲であることがわかります。見た目の改善が治療の目的の一つですが、前歯4本の先端の位置がバラバラです。少なくともセンターの2本は高さを揃えなければなりません。全体のバランスを取るために、向かって右側の修復歯は先端を0.5mmほど削りました。
まず1本目を完全に仕上げて、その形を基準とします。天然の前歯の先端は決して一直線ではありません。あえて多少の凹凸をつけます。表面も真っ平らではありません。幾何学的にカッチリさせると、自然観からは遠ざかることもあります。自然界には直線や真の平面は存在しません。
縦横比が最も心地よく目に写る、最もバランスがいいとされる黄金比と呼ばれる比率があります。身近なものだと名刺やクレジットカードのサイズです。19世紀に実験で導き出された1:1.618...という数ですが、自然界の造形はこの法則に当てはまるものが多いともされていました。しかしその解釈は20世紀の終わりに世界経験美学会で完全に否定されました。
目安として有効に活用できる場合もありますが、人体のサイズを画一的に数字に落とし込もうとすると、どこかに歪みが生まれる場合もあるでしょう。1本の歯の形を決定するのにもっとも大事なことは、全体を見回した時に固有の特徴を掴むバランス感覚です。数値的な答えのない感覚の世界になりますので、私もまだまだ迷う局面もあります。
先端や表面の形状は規格には当てはめませんが、1箇所だけ、二等辺三角形にしたいとことがあります。ほんのわずかに幾何学的に安定している要素(写真の黒三角)を作ると、安定した美しさになるようです。
定規で測らなくても、形態が左右対象でないことは一目でわかります。既存の形を大きく変更しないCR修復でどこまで自然観さを表現できるか、難しい状況でした。できる限りの配慮や工夫をしましたが、患者さんに満足していただくことが第一です。結果を気に入ってくださるかは患者さんの主観なので、鏡を見ていただくときが最も緊張します。
体の反応は人それぞれです。時間の経過が伴わなければ何がベターチョイスなのか判断できないことも多くあります。緊急時は別ですが、削ったら元に戻らないことを忘れず治療法は慎重に選択することが大切です。
歯科医師 高坂 昌太