修復物の高い適合精度を実現するのが丁寧な形成と印象です。保険診療では使える材質や材料の制限があり、予防歯科の観点からも、精密な自費治療が必要とされる時があります。
あらゆる機械には、それを安全に機能させるために必要な精度が求められます。例えば宇宙ロケットは、工業製品の中でも最高レベルの精度で部品が組み立てられています。そうでないと宇宙空間で空気が漏れたり、エンジンが爆発したり、大事故を招くからです。ブリキのおもちゃにも相応の精度が求められますが、その理由は安全性の担保と、動作不良によって子供をがっかりさせないためです。
歯科の銀歯やプラスチック(修復物)の適合精度が悪ければどのようなことが起こるのでしょうか?
境目に溝や段差が生まれ、虫歯菌が繁殖する場となります。歯科治療において修復物の精度を高めることの目的は、虫歯菌を増殖させないことなのです。つまり再びむし歯が生じないように、そして歯周病を防ぐ予防歯科の目的に一致します。
写真左のような適合の悪い被せ物は、新たなむし歯の原因を作っているともいえるのです。むし歯や歯肉炎の原因とならないようバクテリアに繁殖の場を与えることのないよう、写真右のような適合レベルが求められます。
修復物の高い適合精度を実現するのが丁寧な形成(被せ物や詰め物のために歯の形を作ること)と印象(歯型取り)です。
保険診療では使える材質や材料の制限があります。そのためどんなに時間をかけても限界点が低いことは課題です。このように保険歯科診療は、医療のシステムとしては必ずしも万全ではありません。
自費治療には手間も費用もかかりますが、果たして保険の治療とどれだけの差が生まれるのでしょうか?セラミックスクラウンのセット後15年以上経過した記録をお見せします。
写真Vの黄色の枠で囲った部分が一つに連結したブリッジです。一番奥の ★ (赤星印)の歯だけが歯周病になり、残念ながら抜歯することとなりました。それと同時に手前の2本の ★ (黄星印)マークの歯も被せ換えをしなければならなくなりました。セットしてから15年以上経つ被せ物ですが、その中はどういう状態になっているのでしょうか?
写真Xは昔のセラミックスクラウンを外した直後の様子です。向かって右側の歯(★(黄星印)4)は、残念ながら土台が割れていました。神経のある健康な歯でしたが、長いブリッジを被せていたので長年の間に力負けして、少しずつヒビが入っていったのでしょう。神経を取り除く根の治療が必要です。
しかしむし歯の有無をチェックすると、茶色に着色している部分がわずかにありますが、決して被せ換えが必要な状態ではありません。
向かって左の歯(★(黄星印)3)に関してはさらにコンディションは良く、無傷に等しいです。バクテリアの侵入を完全に防いでいたのでしょう。患者さんの日々の歯ブラシの努力も関係しているに違いありませんが、精度の高い治療をすると、患者さんの努力も実りやすくなるのです。
精度の高い治療が予防歯科の第一歩であると確信します。(写真Z-1・Z-2)
個人の衛生意識の高まりによって、むし歯や歯周病は年々減少しています。医療の目的は病を癒やし、健康を回復・増進・維持させることですが、「歯の病」は自然に治癒することはありません。
制限の多い保険診療と違って「自費診療」であれば、素材や治療法など、歯科医師は最善の医療を提案できるはずです。ところが、質が高いはずの自費治療に不満を持たれる患者さんも数少なからずいらっしゃいます。そのような患者さんから相談を受けることもしばしばです。私も含め、歯科医師の腕は万能ではありません。しかし容易に回避できたであろう治療後のトラブルが、未だ存在することも事実です。
保険診療と自費診療の違いは、使用できる材料の違いといってもいいかもしれません。
しかし自費診療だったとしても、無条件にセラミックスがいいとは限りません。大事なことは、患者さんの噛み合わせに最適な歯科材料の使い分けができるという点、「素材の特徴を生かしかた」材料の選択が可能であることが、自由診療の最大のアドバンテージなのです。
そして素材を生かすためには、相応の技術力が必要です。適合精度の悪い修復物の周囲には磨き残しが多くなるため、常にバクテリアが繁殖し、結果として歯ぐきに慢性的な炎症が生じます。赤紫色に腫れ出血する歯周病といえる状態です。歯ぐきのダメージを改善しむし歯や歯周病を予防するためには、ぴったりと合う修復物に置き換え、バクテリアが繁殖しにくい環境作りが必要な場合があります。
その技術や工夫を歯科医師と歯科技工師は身につけ、自費診療に相応しいレベルで提供しなければなりません。
最近では型取りにデジタルカメラ、修復物の設計はコンピュータ、作製は削り出しの機械に任せるデジタル修復システムが広がっています。
デジタル技術は治療時間を大幅に短縮できる大きなメリットがありますが、適合精度のレベルに多少の欠点も認めなければなりません。それを扱う歯科医師や技工士さんも同時に進化しなくては、せっかくのデジタル技術も生かしきれなくなるのです。
歯科医療もデジタル化がどんどん進みますが、時代は変わっても「手仕事」のアイディアの重要性は変わりません。
例えば、セラミックスやジルコニアはモノです。人口歯根であるインプラントもモノです。CTや歯科用顕微鏡など高価な診療機材もモノですし、診療室も治療する設備としてのモノに過ぎません。モノは「健全な機能回復と患者さんの満足」のために活用はしますが、モノを使うこと自体が治療の目的ではないのです。
一方で、人の持つ尊い機能や仕組みを「コト」と表現しましょう。咀嚼、嚥下、会話、表情、その他の機能は全て「コト」であり、人が健康に生きていくため咀嚼器官が担う重要な機能です。私たち歯科医師にとっての最大の使命は、「モノ」である人工物を利用して、いかにして「コト」である機能を生きた咀嚼器官と調和させるのか、ということです。
現在の歯科医療において、機能の回復のためには人工物に頼らざるを得ません。修復素材の選択にあたり患者さんからの要望にはできる限りお応えしますが、場合によっては歯科医師の専門的な見解もご参考ください。後で思わぬしっぺ返しをくらわないように、「素材ありき」ではなく、患者さんの「かみ合わせの特徴ありき」で材料を選択し、治療計画を組み立てていきたいと思います。