歯科治療は内科治療と違い、詰め物や被せ物など常に人工物に頼っているという点に大きな特殊性があります。歯科治療における人工物は体の中に組み込んで機能させる物です。当然、精度が求められて然るべき物なのです。
歯科治療は内科治療と違い、詰め物や被せ物など常に人工物に頼っているという点に大きな特殊性があります。歯科治療における人工物は体の中に組み込んで機能させる物です。当然、精度が求められて然るべき物なのです。
歯科の修復物の適合精度が悪いと、境目に溝や段差が生じ(写真A、黒矢印)バクテリアが繁殖する場となります。
歯科治療において修復物の精度を高めることの目的は、バクテリアを増殖させないことなのです。これはむし歯が再び生じないように、そして歯周病を防ぐという「予防歯科」の目的と一致します。
さて、歯科医師が削った歯にぴったり合わせて修復物を作製するのは歯科技工師です。技工師さんの技術、腕が最も問われる部分です。
それでは、修復物の適合レベルに関する問題は全て技工師さん責任なのでしょうか?適合の悪い修復物ができた時は、責められるのは技工師さんだけなのでしょうか?
もちろんそれは違います。精密な修復物を作るための最初のテーマは、いかにして歯科医師が正しく丁寧に歯を削るか、なのです。歯科医師が自分の腕で精密に削ることができて初めて、腕のいい技工師さんが技術を発揮できるのです。
被せ物ができるまでの行程に沿って、精密(自費)修復のご説明をいたします。
単純に削る行為だとはいえ(写真C)、むし歯や歯肉の炎症を防ぐためにはこの段階の仕事が直接的に重要になるのです。対象がお口の中にあるせいぜい1㎠の小さな歯ですが、中でも最も大事な部分は修復物との境目のラインです。ここをマージンライン(写真H、黄矢印)と呼びます。マージンの削りを雑に終わらせると、とたんに技工師さんの仕事の難易度が跳ね上がります。マージンラインに段差があったり連続していないと、どんなに腕のある技工師さんでもマージンを隙間なく合わせることはできなくなるのです。
同じ削るにしても、器具の違いで結果は大きく異なります。通常歯を削るバーは、細かなダイアモンドが散りばめられているタイプのものを使用します(写真D)。ダイアモンドの粒子が歯を削り取っていくのですが、要は紙ヤスリで擦っているようなもの。削られた表面はざらざらに仕上がります(写真E)。
臨床上これで問題があるとはいい切れませんが(保険診療の形成はここまで)、自由診療ではより高いレベルの仕上がりが望まれます。写真Fは、驚くほど細かな刃が先端に16枚も刻まれている特殊なバーです。切れる刃物で歯を削った場合は、鏡のように滑らかで美しい面が形成できます(写真G)。このバーを使う一番の目的はマージンラインをより鮮明に削り出すことです(写真G、H、黄矢印)。適合精度は格段に上がります。
しかし形成しているときは、マージンにばかり気をとらわれてはなりません。歯肉と同じ高さまで歯を削りますが、歯肉を傷つけないよう配慮が必要です。
歯肉にダメージを与えないように、1/10mm以下の道具さばきが必要です。歯肉の下まで削らなければならない時は、どうしてもバーが歯肉に当たり出血させてしまいます。血液は最も大事なマージンを隠し、型採りが失敗に終わる原因となります。そんな場面では、超音波の原理を利用した器具を活用します(写真I)。そうすれば、器具が歯肉に当たっても傷つけることはなくなります(写真J)。
型採りを確実に行うため、器具の選択には少しこだわっています。
歯を削り終えたら型採りですが、その前に行う重要な作業があります。歯肉圧排です。歯と歯肉の隙間に細い糸を巻き入れますが(図 K、L)、そうすることによって歯と歯肉の間に隙間が生まれ、型採りした際にマージンがより明確になるのです。これも技工師さんに正確な仕事をバトンタッチするために必要なひと手間です。これで型採りの準備は完了です。
黒の糸を外した直後、シリコンという変形の少ない素材を使い型採りをします(図M)。印象材が固まったら素早く外して内面を確認します。黒い糸によって歯から歯肉が押し広げられてできた隙間に、印象材が流れ込んでいる様子がよくわかります(写真N、黒矢印)。精密印象によりマージンが完璧に型採りできました。
印象材に石膏を流し込み石膏模型を作ります(写真O、P)。わずかな段差もないマージンラインが、模型にくっきりと再現されていることがわかります(写真O、黄矢印)。歯科医師がここまでの仕事をして、初めて技工師さんに精密な仕事の依頼ができるのです。ここからが技工師さんの腕の見せ所です。
顕微鏡を覗きながら、マージンに隙間が生まれないように精密に修復物を作製してくれます(図Q、R、黒矢印)。
歯科医師による削り方、型の採り方の精度が不十分だと、技工師さんは決してそれ以上の仕事はできません。被せ物の精度を高めるためには、まずは歯科医師が自分の仕事の責任を果たさないとなりません。
適合精度が上がるということは、バクテリアに繁殖の場を与えないということです(写真S、T、U、黒矢印)。むし歯も歯周病もバクテリアの過剰な繁殖が原因なので、治療することがバクテリアの繁殖のきっかけを作っては本末転倒です。歯科治療とは目に見えないバクテリアとの戦い。仕事の精度はもっと高めなければならないと、いつも自分に言い聞かせています。